心に咲く花 85回 青柳

青柳のなびくを見れば
谷川の
水にも春はうかびそめけり ― 樋口一葉

【現代訳】
青々と葉を付けた柳がなびいているのを見れば、谷川の水にも春は浮かび始めているのだなあ。

心に咲く花 2025年85回 青柳


『万葉集』では青々と繁った柳を表す「青柳」という言葉が10首以上も詠まれています。「春の柳」「柳」まで含めると25首以上となります。
「うち上る佐保の川原の青柳は今は春へとなりにけるかも」と詠んだのは大伴家持(おおとものやかもち)の叔母で『万葉集』を代表する女流歌人のひとり・大伴坂上女郎(おおとものさかのうえのいらつめ)でした。彼女の歌は84首が採られ、これは万葉歌人で3番目の歌数の多さです。
以来、紀貫之(きのつらゆき)・松尾芭蕉・正岡子規・夏目漱石らが、短歌や俳句で「青柳」「柳」を表現してきました。

近代以降の作品では、石川啄木の「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けと如くに」という一首がよく知られています。
残雪の残る早春に芽を吹くので、青柳は梅の花期とも重なります。青柳の花は古来、「柳の猫」と呼ばれ、小さな花が集合して穂になる「尾状花序」という形状のものです。

春を先取りするように咲く花穂は、中国では古来、「春の復活」「蘇生のシンボル」と讃えられ、吉祥木として愛されました。再び会えることを願って、旅立つ友に青柳の輪を手渡す、という風習もありました。「君ゆくや柳みどりに道長し」という与謝蕪村(よさぶそん)の俳句はそんな漢詩を踏まえてのものでした。

掲出歌の樋口一葉も「青柳」をよく詠んだ人でした。再生の象徴である、青々と繁った青柳、あるいはその花に、一葉は活路や希望を見出していたのかもしれません。
まだ凍てつくような寒い時期から、少しずつ水温(ぬく)みはじめる早春の時期。青々と繁った葉はもちろん、微笑ましいほどにほのぼのとした花にも注目する春でありたいものです。青柳の花は、自然が贈り届けてくれた世界で一番小さなぬいぐるみなのかもしれません。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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