心に咲く花 78回 夾竹桃(きょうちくとう)

夕かげの
庭のおくかの隅深く
片あかりして
夾竹桃はある  ― 釈迢空(しゃくちょうくう)

【現代訳】
夕かげの庭の奥まったところに、ほのかなあかりのような「夾竹桃」が咲いている。

心に咲く花 2024年78回 夾竹桃(きょうちくとう)


葉が竹に似て、花が桃に似ているところから、その名が付いたと言われる「夾竹桃」。インド原産の夾竹桃は江戸時代に日本に入ってきたと語り継がれます。
かつて、原子爆弾が投下され、数十年も植物が育たないのではないか、と懸念された広島市で、他の樹木に先んじて、真っ先に咲いてくれたのがこの夾竹桃でした。広島市では今も市の花が夾竹桃です。

淡紅色の八重咲きのものから、オレンジ色、白色、淡黄色のものまで、今ではさまざまな品種が全国で見られるようになりました。
先日、都心を散策していた際、猛暑でぐったりする植物も少なくない中、元気に緋色(ひいろ)の花を咲かせている植物に目がいきました。それが「夾竹桃」だったのです。

民俗学者「折口信夫(おりくちしのぶ)」として知られた、国文学者で歌人の釈迢空(しゃくちょうくう)は夾竹桃を何首も詠んだ歌人として知られます。
掲出歌の「おくか」は、『万葉集』に用例のある「奥まったところ」を意味する言葉です。
「さめざめと 今朝は霧ふる夾竹桃。片枝の荒れに、花はあかるき」
「提燈のあかりののぼる闇の空 そこに さわめく 夾竹桃の花」
「古がめに一枝をりさし はればれし。庭にも 内にも、夾竹桃の花」。
こうした歌を釈迢空は詠みました。荒れた場所や暗闇にも、奥まったところにも花を咲かせる夾竹桃。庭のみならず、「心の内」も彩る花なのかもしれません。

種田山頭火(たねださんとうか)・河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)・尾崎放哉(おざきほうさい)ら、自由律俳句を詠んだ俳人たちにも「夾竹桃」が詠まれています。型にはまらない、個性豊かな面々からも讃えられ、愛された夾竹桃。小説家では太宰治(だざいおさむ)も夾竹桃を愛したひとりです。

「八月は千万の死の魂(たま)しずめ夾竹桃重し満開の花」(山田あき)。
広島のみならず、戦禍に苦しむ人々すべての魂を鎮める花だと感じた歌人もいました。
平和を祈り願う人々がいるかぎり、どのような劣悪な環境でも精いっぱい花を咲かせる植物――それがこの夾竹桃なのかもしれません。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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