故郷を離れし友に送るべく
花山葵(はなわさび)摘み漬物にせん ― 飯田富子
【現代訳】
郷里の伊豆市を離れた友達に、ふるさとの清流で育った花山葵の漬物をつくって、贈ってあげよう。
心に咲く花 2024年73回 山葵(わさび)
ちょうど十年前の二〇一四年、静岡県漬物商工業協同組合主催、静岡県後援の「第2回わさび短歌コンテスト」が開催されました。掲出歌はこの時、最優秀賞を受賞した作者の一首です。作者の飯田さんは他に、「先人に倣(なら)いて沢の割れ石で山葵を擦れば香り立つなり」という作品も詠んでいます。
山の渓流などで育ち、春に純白色の小さな花をつける山葵。作者の住む伊豆市や長野県安曇野市で「市の花」に採択されている他、島根県、台湾、ニュージーランドなどでも栽培されています。
刺身や寿司に用いられ、食物防腐作用や抗菌作用に優れていると言われる山葵は、近年では認知症予防効果や胃がん細胞増殖を防ぐ効果があるのではないか、と注目されています。花言葉に「嬉し涙」や「目覚め」があることを知り、あのピリッとした味を思いつつ、納得致しました。
「第2回わさび短歌コンテスト」では、「擦りたてのわさびを口にしてみれば鼻で味わう唯一の自然」(漆間友樹)という高校生の作品も注目されました。「根のかたち日本の地図に似ているよ有度木で生まれた自慢のわさび」(福嶋啓太)という中学一年生の作品も入賞した「わさび短歌コンテスト」。数多くの植物がある中、味覚の面で個性を際立たせた山葵には、まだまだ秘められた力があるのかもしれません。
「春寒くすり下ろしたる山葵かな」と俳句を詠んだのは芥川龍之介でした。「蟹の食(は)みし山葵と見する梅の宿」と俳句を詠んだのは河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)です。絶えず、澄んだ水の流れる清流で育まれる山葵。豊かな自然があってこそ、育つ薬効豊かな植物です。英語でもフランス語でも、近年は中国語でも韓国語でも「WASABI」と称される、世界的な山葵。刺激的な味覚に注目がいきがちですが、実はカルシウムもビタミンCも豊富な栄養豊かな植物なのだそうです。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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