さ庭べにトマトを植ゑて幽(かす)かなる
花咲きたるをよろこぶ吾(われ)は ― 斎藤茂吉(さいとうもきち)
【現代訳】
庭にトマトを植えてある。小さくてかすかな花が咲いたのを私はとても喜んで見ている。
心に咲く花 2023年67回 トマト
猛暑とも酷暑とも称されるこの時期に心身を潤してくれるトマトやきゅうりなどの夏野菜。ほてった体を冷やしてくれる水分豊富な夏野菜の恩恵を受けている人も多いのではないでしょうか。
わが家でもここ数年、毎年トマトの苗を用意し、黄色く可憐に咲く花を楽しみ、そこから一気に色づいていくトマトを堪能しています。
こどもたちが小さな頃は甘いミニトマトを植えつつ、夏休みに遊び疲れたこどもたちが毎日、大地がくれたおやつをそのまま味わっていました。昨今は、わが家のサッカー少年も運動量が増え、大きめなトマトが似合う年頃になりました。
こんなふうに、トマトの花や実を見ると、こどもたちの成長を実感でき、ほのぼのとした気持ちにさせてもらっています。
「村の子は大きトマトをかじり居り手に持ちあまる青きその実を」と詠んだのは、民俗学者、折口信夫(おりくちしのぶ)としても知られた釈迢空(しゃくちょうくう)です。
「街ゆきてさわぎし心しづまらんトマトの上に風立ちそめぬ」と詠んだのは、佐藤佐太郎(さとうさたろう)です。掲出歌の斎藤茂吉の一首を含め、こうした近現代を代表する歌人たちからも愛され、歌に詠まれたトマト。
最近はトマトケチャップもトマトソースも一般的ですが、トマトの花が咲き、実が成る歓びを味わいつつ、お日様に感謝しながらいただくのが本来の醍醐味なのだと思います。
通常、近現代の短歌では、誰もが日常的に使いがちな「うれしい」「よろこぶ」などの感情を表す言葉を用いず、体言止めで表現したり、違った言葉に置き換えたり、比喩などの修辞法を活用したりするのが一般的ですが、掲出歌では「よろこぶ吾は」と直接的な表現によって、斎藤茂吉の心情が伝わります。暑い時期にもたらされる大地からの贈りもの。トマトがいつまでもこの国の夏の「よろこび」であってほしいと願います。トマトもこどもたちの笑顔も咲き実る真夏でありますように。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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