心に咲く花 63回 アマリリス

ウインドに春の濡れ雪ふりかかり
幻のごとアマリリス匂ふ  ― 加藤克巳(かとうかつみ)

【現代訳】
窓辺に春の濡れ雪がふりかかる。
そんな中、まるで幻のように幻想的に美しいアマリリスが咲き薫っている。

心に咲く花 2023年63回 アマリリス


古代ギリシャの詩に羊飼いの少女「アマリリス」が登場します。羊飼いの少年に恋をしたアマリリスは内気なため、なかなか思いを伝えることができません。彼女は1本の矢を用いて、自らをなぞると、その傷口から流れた血が地面に落ち、そこから美しい花が咲きました。この美しい花のおかげで彼女は少年と結ばれることができました。やがて、人々はこの美しい花をアマリリスと呼ぶようになった、というエピソードが古代ギリシャの詩で語り継がれています。

今では世界中の人々に愛され、数百種類にも及ぶ園芸品種が生まれているというアマリリス。春の早い時期に咲く品種もあり、深い緋色(ひいろ)の他に白や明るい桃色の品種も各地で愛されています。

日本には江戸時代末期に渡来したと語り継がれ、近現代では北原白秋(きたはらはくしゅう)や斎藤茂吉(さいとうもきち)にもアマリリスの和歌があります。
「あまりりす息もふかげに燃ゆるときふと唇はさしあてしかな」と恋の歌を詠んだ北原白秋。
「あまりりす鉢の上より直立ちて厚葉かぐろくこの朝ひかる」と詠んだのは斎藤茂吉でした。「かぐろく」は黒々とした状態を表す古語です。鮮やかな色の花を太い茎にすっと立ち上がるように咲かせるアマリリスの厚葉の黒々した様子に着目したのが斎藤茂吉でした。

掲出歌を詠んだ加藤克巳は1915年に生まれ、2010年に94歳で亡くなった歌人です。
大学卒業後に応召され、終戦まで戦地に赴いた体験をしています。春の淡い雪が降る中で幻想的に咲き薫るアマリリスは作者にとって何かの象徴だったのかもしれません。

濡れ雪の中でも確かな存在感を示すアマリリス。
「輝くほどの美しさ」という花言葉があります。星形の花を咲かせるアマリリスには「ガーデンオーケストラ」という品種もあるそうです。並び咲く姿を見ると、なるほど、庭の交響楽団のような味わいもある春の花です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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