一鉢に四百の蕾(つぼみ)育つとふ
シクラメン冬の花として咲く ― 初井しづ枝(はついしづえ)
【現代訳】
一鉢に400もの蕾が育つと言われるシクラメン。寒さ厳しい冬の時期の花として、暮らしを彩ってくれている。
心に咲く花 2023年60回 シクラメン
「冬の鉢花の女王」と呼ばれるシクラメンはギリシャやチュニジアなど、地中海沿岸に原種が自生します。鮮やかな紅色、桜色、純白色などの花が咲く品種の他に、アロマブルーと呼ばれる紫系のものも見る人の心を和ませてくれます。寒い時期に花を咲かせるシクラメンは国境も越え、多くの人の心にあたたかなあかりを点(とも)す存在です。
「天女の舞」「天使のはね」「ネオ・ゴールデンボーイ」「プラチナリーフ」など、さまざまな品種があるシクラメン。日本では岐阜県の恵那市、島根県の出雲市、福岡県の北九州市などが産地として知られています。
和名の「カガリビバナ」は、植物学者の牧野富太郎(まきのとみたろう)博士が、女流歌人が「かがり火のような花ですね」と語ったのを聞いて、名付けたと語り継がれます。
10月から3月頃までと開花期が長いのが特色のシクラメン。掲出歌では、一鉢に400もの蕾が育つ見事さを讃えています。作者の初井しづ枝は1900年(明治33年)に兵庫県姫路市に生まれた歌人です。亡くなる約5年前の1971年には歌集『冬至梅』で読売文学賞を受賞した人です。
俳人の西本一都(にしもといっと)は、「花好きに悪人なけれシクラメン」という句を残し、同じ俳人の児玉寬幸(こだまひろゆき)には、「告白に聞き耳立てるシクラメン」という擬人化したユニークな作品があります。
成瀬櫻桃子(なるせおうとうし)に、「恋文は短きがよしシクラメン」という句もあります。現代歌人や俳人も虜(とりこ)にしていることがうかがえます。花期が長く、蕾をどんどん膨らませるところも、数多(あまた)の文人たちの感性を刺激するのでしょう。紫色のシクラメンの花言葉は「想いが響き合う」「絆」なのだそうです。
年の瀬の慌ただしい時期に人の心に潤いを与え、色とりどりの花で新春を寿いでくれる花。俳人の森田峠(もりたとうげ)には、「悲しみが今喜びにシクラメン」という作品がありました。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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