心に咲く花 51回 三椏(みつまた)

時すぎて 過ぎたる時は 還(かえ)らねど
みつまたの黄の 花を見に来よ  ― 成瀬有

【現代訳】
時は流れ去り、過ぎ去った時間は決して還(かえ)ることはないけれど、『万葉集』の時代から詠まれ、「永遠の愛」や「肉親の絆」という花言葉も持つ「三椏(みつまた)」の鮮やかで優しい花を、どうか見に来てほしい。

心に咲く花 2022年51回 三椏(みつまた)


枝が三又に分かれ、その先に花が咲くために名づけられたと言われる「三椏(みつまた)」。
古来、「三(み)つ」を導く「さきくさの」という枕詞があるように、かつて三椏は、「さきくさ」と呼ばれていた、という学説があります。柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の歌にも「さきくさ」を詠んだ名高い作品があり、「幸草(さきくさ)」として、吉兆をあらわす縁起のいい花だと考えられてきました。

三月から四月にかけて、春が来たことを皆に伝えるように、優しく淡い、ひよこ色の花をいっせいに咲かせる三椏。楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)と同じように、良質な和紙の原料として知られます。長期保存にも耐え得ることから、日本では紙幣の原料にも用いられてきました。

掲出歌は國學院大学で教鞭をとった歌人・成瀬有(なるせゆう)さんの作品です。大学在学中に、天皇陛下の和歌の指南役として知られた岡野弘彦(おかのひろひこ)さんと出逢い、歌を詠みはじめた成瀬さん。師である岡野さんのさらにそのまた師である民俗学者で歌人の釈迢空(しゃくちょうくう)さんに、「みつまたの 花を見に来よ。みつまたの さびしき花は、 山もかなしき」という作品があることを知っていたことでしょう。成瀬さんは掲出歌をはじめ、何首もの三椏の花を詠んだ歌人でした。

女流歌人の鳥海昭子(とりのうみあきこ)さんにも「呼ばれたる ような気がして 振り向けば ミツマタの花 ふくらみいたり」という作品があります。誰かから語りかけられたように感じるのは三椏の親しみやすい温かさゆえ、なのかもしれません。

『万葉集』の時代から多くの人々の心を潤し、新たな春の到来を告げてきた三椏。
花々が皆で春の合唱をしているように大地を彩る花です。その群れ咲く姿を見ていると、春の野鳥たちもついハミングをしたくなるのかもしれません。
「みつまたの 花のまわりの 笑い声」(吉田道子)――こんな句を詠んだ現代の俳人もいました。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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