心に咲く花 47回 枸杞(クコ)

枸杞(くこ)の実の
あけのにほへる 冬の野に
山より小鳥 くだりて鳴くも  ― 斉藤茂吉

【現代訳】
枸杞の実の朱色が美しい冬の野に、山から小鳥がやって来て、鳴いていることだなあ。

心に咲く花 2022年47回 枸杞(クコ)


晩秋を迎え、枸杞の紅い実がとても麗しい季節がやってきました。荒地でもよく育つ枸杞は毎年わが家の庭でもすばらしい実を付けてくれます。
可憐で眩しいほど美しい枸杞の実の赤を見るたび、幸せな気持ちになります。

斎藤茂吉(さいとうもきち)の掲出歌に出てくる「匂ふ」という言葉は、「美しく咲いている」「美しく映えている」状態をあらわす古語です。ただ、いい香りがするというだけでなく、「美しさがあふれている」「美しさが輝きを放っている」時に用いられ、『万葉集』にもさまざまな使用例があります。
花が乏(とぼ)しくなる冬の野に実る枸杞の実の朱(あけ)色は、人間のみならず、きっと多くの生きものたちにも恩恵をもたらし、茂吉の歌のように小鳥が山からやってくるほどなのかもしれません。

薬効に優れ、古来、果実も葉も根皮もすべて生薬として親しまれる枸杞。
杏仁豆腐の上に乗った枸杞の実がわが家のこどもたちも大好きで、いつも父の分まで狙っています。美しいので、父もこどももつい枸杞の実の生食に挑戦するのですが、やはり天日を浴びて甘くなったドライ状態のもののほうがおいしいことをいつも実感します。今年はぜひドライ枸杞の実をつくってみようか、娘と楽しみにする毎日です。

正岡子規(まさおかしき)は「草枯るる 賎の垣根や 枸杞赤し」と詠み、与謝蕪村(よさぶそん)や加藤楸邨(かとうしゅうそん)にも枸杞を詠んだ句があります。
日当たりが悪くても、虫に葉を食べられていても、着実に実を付けてくれる枸杞。
斉藤茂吉とも親しかった岡麓(おかふもと)は暴風雨のあと、垣根は倒れてしまったのに、その下で元気に実を付ける枸杞の実の生命力を作品に詠んでいます。

どんな悪条件下でも、まるで最後に残った奇跡の希望のように、赤い実を揺らす枸杞。
こんなに見事な色を生み出す大地のクリエイターの仕事ぶりに驚嘆せざるをえません。
薄紫色の味わい深い花ともども、朝に夕に眺めていたい大地の宝石のような植物です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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