やどりせし 人のかたみか 藤袴
わすられがたき 香ににほひつつ ― 紀貫之
【現代訳】
我が家に泊まっていったあの人の形見なのだろうか。
藤袴の花が咲き、忘れ難い香りに包まれていて・・。
心に咲く花 2021年46回 藤袴(ふじばかま)
『万葉集』で、山上憶良(やまのうえのおくら)が「萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 女郎花(おみなえし)また藤袴 朝貌の花」と詠んだことから、「秋の七草」の一つに数えられている藤袴。
『源氏物語』にも「藤袴」の巻があります。古来、日本人にとても親しまれた花でした。
掲出歌は、『古今和歌集』仮名序の執筆者としても知られる紀貫之(きのつらゆき)の『古今和歌集』の一首です。
茎頂に淡紅紫色の小さな花をたくさん咲かせる藤袴は、日本はもちろん、朝鮮半島や中国など、東アジアでよく見られます。かつては河岸の草地に自生していたものの、近年は護岸工事などの影響ですっかり減ってしまいました。環境省では藤袴を準絶滅危惧種として、レッドリストに載せています。
過度に自らを主張する派手さはないものの、風に触れる立ち姿には品のいい柔らかな風情があり、藤袴は秋の野に欠かすことのできない植物です。
この藤袴のもとに好んでやってくるのが「旅する蝶」アサギマダラです。海を超える蝶として知られ、美しい翅(はね)は国内外の多くの人々を魅了します。1500キロとも2000キロとも言われる距離を飛翔するアサギマダラは、どうして藤袴を好むのでしょうか。
今、藤袴が一面に咲いた静岡県掛川市にアサギマダラが数多く飛翔しています。長距離を旅する蝶にとって藤袴は居心地のいい宿泊所なのかもしれません。
薬草としても知られる藤袴は利尿剤としての効能の他、冷え性や疲労回復にも効くと言われ、入浴剤にも活用されています。アサギマダラの疲労さえも回復させる何かが藤袴にはあるのでしょうか。
藤原定家(ふじわらのていか)や西行(さいぎょう)、良寛(りょうかん)、釈迢空(しゃくちょうくう)、樋口一葉(ひぐちいちよう)ら時代を超えた多くの人々に詠まれた藤袴。
今、糖尿病の予防薬や治療薬としても注目されているのだそうです。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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