石楠(しゃくなげ)は 木曾奥谷に にほへども
そのくれなゐを 人見つらむか ― 斎藤茂吉
【現代訳】
石楠花が木曾の奥深い谷に美しく咲いている。こんな険しい場所に咲く見事な「紅」をこれまでも人々は見たのだろうか。
心に咲く花 2021年41回 石楠花(シャクナゲ)
昭和を代表する詩人の江間章子が『夏の思い出』を発表したのは一九四九(昭和二十四)年のことでした。「夏がくれば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」からはじまる唱歌。この歌詞の中で「水芭蕉」とともに印象的な花の名前が「石楠花」です。作詞者の江間章子が、たそがれる空の色を「石楠花」色と表現したのでした。大地に水芭蕉が咲く季節、詩人には空にも石楠花が咲いているように感じられたのかもしれません。
ヒマラヤ地方を中心に日本や北米、欧州の一部の深山に自生する石楠花の仲間は一五〇〇種類もの多種が自然界に存在しています。
現在では花木として栽培されることも多い石楠花は、庭にあっても群がり咲く姿が人々を魅了します。今日(こんにち)では世界各地で五〇〇〇を超える園芸品種が存在しているそうです。
白い花も薄桃色の花も可憐な麗しさがありますが、何といっても濃紅色の石楠花の豪華な花びらは、艶(あで)やかで「花木の女王」と称されます。奥深い険しい谷に威厳さえも感じさせながら、咲く石楠花。古来、山の奥深い場所でこの花の濃紅色と出逢った人々はどれほど驚き、かつ神秘的に感じたことでしょう。
国内では屋久島原産の「ヤクシマシャクナゲ」が知られます。ヒマラヤ、屋久島といった豊かな自然の場所に原種がある石楠花。古来、自然の神様に愛された花だったのかもしれません。「太陽」という品種もある他、大統領の名がついた石楠花の品種もあります。淡い色には淡い色なりの魅力があり、華やかな色彩には華やかな色彩なりの力強さも感じさせる石楠花。空の色をこの花の名で表現した昭和の唱歌詩人の詩心をあらためて讃えたくなる令和の仲夏です。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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