心に咲く花 40回 菖蒲(あやめ)
よろづよに かはらぬものは 五月雨の
雫に薫る あやめなりけり ― 源経信
【現代訳】
いつの時代にも変わらないものは、五月雨のしずくに薫る紫色の菖蒲(あやめ)の花のすばらしさであるなあ。
心に咲く花 2021年40回 菖蒲(あやめ)
北海道岩見沢市のあやめ公園、岩手県平泉町の毛越寺、東京都葛飾区の堀切菖蒲園、長野県の諏訪湖畔のあやめ園、石川県金沢市の兼六園、静岡県掛川市の加茂花菖蒲園、兵庫県三田市の永沢寺花菖蒲園、香川県高松市の栗林公園、福岡県北九州市の戸畑あやめ公園など、全国各地に名高い菖蒲(あやめ)の名所があります。
『万葉集』に十二首詠まれるなど、古くから親しまれた菖蒲は、『万葉集』撰者と言われる大伴家持(おおとものやかもち)、『古今和歌集』撰者と言われる紀貫之(きのつらゆき)にも詠まれ、清少納言の『枕草子』や吉田兼好の『徒然草』にも出てきます。
「いずれあやめかかきつばた」など、美人の形容にも用いられてきた紫色があざやかな花です。
古来、力強く萌える菖蒲は生命力が豊かで、邪気すらも追い払う霊草として重用されました。菖蒲湯の風習は現代にも伝承されています。全国各地にあやめ祭りもあり、祭りを開催する茨城県潮来市や新潟県新発田市では市の花にも指定されています。
海外では「Iris」と称されますが、これはギリシャ語で「虹」を意味します。花が虹のように美しいと讃えられる菖蒲。国内のみならず、世界の人々を魅了してきました。
掲出歌の作者は、『小倉百人一首』の「夕されば 門田の稲葉 おとづれて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く」の作者としても知られる大納言経信(だいなごん つねのぶ)です。
琵琶の名手としても知られた経信は博学多芸な人物として語り継がれます。当時にしては大変長寿な八十二年の天寿を全うした人でした。そんな作者がいつの時代にも、時代を超えて、尊ばれ、愛されるのは「五月雨の雫に薫るあやめ」なのだと表現した作品です。
菖蒲の花言葉は「良い便り」「希望」「朗報」。コロナ禍の今は、古来、邪気払いと厄除けを信じられてきた菖蒲への期待を込めて、初夏(はつなつ)の紫色を愛(め)でたいと思います。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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