猫柳 薄紫に光るなり
雪つもる朝の河岸のけしきに― 北原白秋
【現代訳】
まだ雪が積もっている寒い朝の河岸に、猫柳が薄紫色に光っているなあ。柔らかい毛に包まれた花穂がまるで猫の尻尾のようにも見える猫柳よ。
心に咲く花 2021年37回 猫柳(ネコヤナギ)
まだ雪の残る時期、雪とは違う色のふわふわとした花穂が青空によく映えている――そんな光景を見た人も多いのではないでしょうか。
北海道から九州まで、全国各地の水辺で見ることができる猫柳。春まだ浅い時期の柔らかな陽射しに、きらきらと輝く姿は古来、多くの人に讃えられてきました。
『万葉集』に詠まれた、坂上郎女(さかのうえのいらつめ)の作とも、詠み人しらずの歌とも語り継がれる「山の際(ま)に 雪はふりつつ しかすがに この川楊(かわやぎ)は 萌えにけるかも」という和歌の「川楊」は、実は「猫柳」のことだと考えられています。この歌は、「山の間に雪は降っているけれど、さすがに春がやって来たので川楊(猫柳)が芽吹いたことだなあ」という歌意です。
葉が出るよりも先に開花する猫柳。冬芽は楕円形で目立ち、日本産のヤナギのうち、最も早く開花するひとつが猫柳なのだそうです。
現代の歌人も、「朝の日に 水きらめきて 流るれば 猫柳光り 春のよろこび」(安田章生)、「遊び疲れて 眠りたる 子の手の中より まろび出でたり 猫柳の花」(佐藤ヨリ子)などの歌を詠んでいます。
「自由」の他に、「努力が報われる」という花言葉もある雪柳。ほのぼのとした容姿が、努力が実ったあとの結果に思えたのかもしれません。
「猫じゃらし」や「にゃんこの木」という可愛らしい別名もある猫柳。東北では「ベコヤナギ」と、牛にちなんだ名前で呼ぶ人々もいるそうです。
「努力が報われる」、そして、牛にちなんだ「ベコヤナギ」という呼び名もあるとのことで、うし年が始まった時期にぜひとも紹介したいと思う季節の風物詩でした。挿し木でも育つ猫柳。
斎藤茂吉は「猫柳の花 たづさへて 寺に入りゆく 童女を見たり わが心和(な)ぐ」という歌を詠んでいます。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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