冬にいる 庭かげにして 山茶花の
はな動かして ゐる小鳥あり― 中村憲吉
【現代訳】
冬に入った庭で、寒さにも負けず、山茶花が咲いている。その山茶花を動かしている小さなかわいい鳥がいるなあ。
心に咲く花 2021年36回 山茶花(サザンカ)
冬枯れの頃に咲くため、この時期の貴重な大地の彩りとなる「山茶花」。日本特産の花木として親しまれています。
福島県相馬市、東京都杉並区や江東区、愛知県常滑市、兵庫県神戸市、鳥取県鳥取市、福岡県福岡市、宮崎県都城市など、全国各地の自治体が山茶花を市の花や区の花に認定しています。
江戸時代以降、庭木として人気となり、童謡「たきび」の歌詞に登場するなど、多くの詩歌にもうたわれてきました。掲出歌の作者は広島出身の近代歌人ですが、この中村憲吉と親しかった伊藤佐千夫、斎藤茂吉ら多くの歌人も山茶花の歌を詠み残しています。
「白樫の 山茶花のやや 茂りたる ちひさき庭の 病院のまど」と詠んだのは若山牧水です。
「真紅なる 山茶花 一つ散り残り うつくしき物の さびしさ見する」と表現したのは窪田空穂です。
「山茶花に 降りつむ雪は うつむける 花のくれなゐに 融けてにじめり」と詠んだのは土田耕平でした。
夏目漱石や芥川龍之介は山茶花の俳句を詠み、正岡子規も「山茶花の ここを書斎と 定めたり」という句を残しています。山茶花の咲く場所を書斎に定めた、という子規の高揚感が伝わります。
「笑顔」「笑顔紅」「佐保姫」「七福神」「羽衣」「優美」「銀月」「桜月夜」「富士の峰」など、山茶花の品種名には幸せな気持ちになる言葉が多く用いられています。時代を超えた多くの人々に笑顔と至福をもたらしてくれる花なのでしょう。
「困難に打ち克つ」「ひたむきさ」などの花言葉も持つ山茶花。寒さに負けず、雪の中でも咲く姿に古来、どれほどの人たちが励まされてきたことでしょうか。材は器物にすることもでき、種子からは食用の油をとることもできます。
観てよし、味わってよしの日本人の暮らしには欠かせない植物です。掲出歌の小鳥をはじめ、自然界の様々な生きものがその存在を愛(め)でているのかもしれません。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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