草深く 花はかくれて 咲きいたり
キチジョウソウの 薄いむらさき― 鳥海昭子
【現代訳】
草深い場所に吉祥草の花が隠れるように咲いている。咲いた家に幸運をもたらすという伝承のある、淡紫色の吉祥草の花よ。
心に咲く花 2020年35回 吉祥草(キチジョウソウ)
今年、思いがけず、自宅の入り口に吉祥草が咲いていました。郷里の静岡に戻って、十一年となりますが、植えた記憶が全くないのでとても驚きました。風に種子が運ばれてきたのでしょうか。
淡紫色の小さな花が穂状に咲く、とてもすてきな花です。可憐でありつつ、どことなく楽器も思わせる、朗らかであたたかい雰囲気の花――それが吉祥草なのでした。
日本では一般的に晩秋に咲くと言われます。本州、四国、九州の山野によく見られる吉祥草。江戸時代に観賞用として流行した、という文献もありました。
「はじめまして」とそっと語りかけ、挨拶をしたくなるような、大地からのすてきな来客。あまりにも驚いたので、植物辞典で調べ、この突然の来客が「吉祥草」なのだと知りました。
古代インドでは祭祀の際に大地に蒔いて、祭場をつくるために用いたそうです。お釈迦様が悟りを開いた菩提樹の下に吉祥草が広がっていたという伝承もあります。
「祝福」や「よろこび」「吉事」「祝意」など、しあわせな花言葉を持つ常緑多年草。別称には「観音草」という呼び名もあります。
時代を越えた多くの人々に尊ばれた花なのでしょう。どんなに深い草に紛れ、隠れていたとしても、その確かな神々しさと存在感が人目を惹くのかもしれません。
出しゃばらず、庭の下草や根締(ねじめ)として用いられることも多い吉祥草。歌人では岡本かの子らが吉祥草の歌を詠み、俳句では「木洩れ日よここに在ますと吉祥草」(赤座典子)などの作品が現代でも詠まれています。
花の後に付く実は紅紫色で、こちらもとても愛らしいものだそうです。冬から春にかけて、どんな実がなるのか、今から楽しみです。
令和の世にもきっと多くの人々に愛され、詠み継がれる花なのでしょう。大地からの贈りもののようなとても優しい花でした。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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