心に咲く花 34回 蕎麦の花

嫁ぐ日の子の白無垢は忘れえず
天空までのそばの花見ゆ― 山本明子

【現代訳】
嫁いでいった日の娘の白無垢は忘れることができない。まるで天空までつながっているような純白色の蕎麦の花が見えたあの日。

心に咲く花 2020年34回 蕎麦の花


長野県小諸市で信州蕎麦の店を営む「草笛」では、蕎麦を題材とした俳句と短歌のコンクール「そばの花文学賞」を平成八年に設立しました。掲出歌は第五回の入選作です。

松尾芭蕉が「蕎麦はまだ花でもてなす山路かな」と詠み、夏目漱石も「いかめしき門を這入れば蕎麦の花」という俳句を詠むなど、さまざまな文人が詩歌にしてきた蕎麦の花。
小林一茶、与謝蕪村、中村草田男(なかむらくさたお)や加藤楸邨(かとうしゅうそん)らが俳句を詠み、島木赤彦や斎藤茂吉、長塚節や木下利玄(きのしたりげん)といった人たちも蕎麦の花を題材にした短歌を詠んでいます。

白い花が山村の畑一面に見事に香り高く咲く蕎麦の花。
「そばの花文学賞」では「夫亡くす若かりし日の母をおもふ うち伏してなほ白きそばの花」(滝澤淳子・第六回入選)、「大地をゆたかにおほふ白妙の秋そばの花残照に映ゆ」(堀内一穂・第十回入選)などの歌を入選とし、地域に石碑としています。島崎藤村が「小諸なる古城のほとり・・」と詩にした蕎麦の産地で、このような文学賞が民間の蕎麦店から生まれたことを知って、私はとても嬉しく思いました。

花の美しさや粉とした実の美味しさはもちろん、果皮の蕎麦殻は古来、枕の詰め物にも利用されている蕎麦。人々の暮らしと大きな関わりを持って、この国の大地を彩ってくれています。私の暮らす静岡でも、今、地元の在来種を用いて、十割の蕎麦を手打ちする店が人気です。

秋蕎麦は立秋に種を蒔けば仲秋に結実すると言われるほど、生育も早く、痩せた土地でも栽培できる植物です。見事に咲きそろった白い可憐な花を見ていると、なるほど、掲出歌のように「嫁ぐ子の白無垢姿」を連想させるのかもしれません。花に目がいきがちですが、じつは蕎麦は葉もハートの形をしています。

花言葉は「なつかしい思い出」「喜びも悲しみも」「あなたを救う」という蕎麦の花。秋蕎麦の香りを愉しみたい実りの季節です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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