心に咲く花 33回 吾亦紅(われもこう)

偶然(わくらば)に 子が採り来しとふ 望(もち)の夜の
すすきに添へて 吾亦紅(われもこう)もあり― 田谷鋭(たやえい)

【現代訳】
たまたまこどもが摘んだという吾亦紅が、満月の夜、すすきとともに飾られている。

心に咲く花 2020年33回 吾亦紅(われもこう)


小さいながらも、秋の野に「我(われ)も紅(こう)」だと咲く吾亦紅。人恋しくなる時期に咲く可憐な花を見ていると、つい「我も恋(こ)う」という言葉との掛詞を思います。

若山牧水は「吾木香 すすきかるかや 秋くさの さびしききはみ 君におくらむ」と詠み、与謝野晶子も「あるが中に 恋の涙の われもかう われの涙の 野のわれもかう」という恋の歌を詠みました。
静かに控えめに咲く姿と、「我も恋う」に重なる名を持つ吾亦紅は、古来、多くの表現者たちを魅了してきました。花言葉は「愛慕」です。

日本全土の山野によく見られる、バラ科の多年草である吾亦紅。徳川幕府の医官で将軍とその家族を診察する家系に生まれた岡麓(おかふもと)は、「秋草に 咲き競へるに まじりては 吾亦紅もまた 花のひとつや」と詠み、現代歌人の高橋幸子は「吾亦紅 とぞ草なかに 小さき声 あげたるものに うなづく秋は」という歌を詠んでいます。実際には聞こえない草中の吾亦紅の「小さき声」を敏感に感じ取った女流歌人の歌には、秋の野に健気に咲く吾亦紅への親しみが感じられます。

春のチューリップや夏の向日葵(ひまわり)のようにまぶしく照り輝く花もすばらしいですが、こんなふうに控えめな紅紫色で秋風に花穂を揺らす吾亦紅には奥深さ、味わい深さがあるのではないでしょうか。
決して出しゃばりはしない吾亦紅の根茎には止血や鎮痛、防腐、解毒などの薬効があると語り継がれ、昔から漢方薬として尊ばれました。生薬名は、「治癒」と同じ音の「地楡(ちゆ)」です。

小さな町に嫁いで生きた亡き母への想いを曲にして、2007年のNHK紅白歌合戦に初出場したすぎもとまさとさんの歌のタイトルもこの「吾亦紅」でした。誰もが手に取りやすい場所に咲く、秋の野の吾亦紅には、どことなくなつかしいふるさとの香りがするのかもしれません。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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