恋するや 遠き国をば 思へるや
このたそがれの 睡蓮の花― 与謝野晶子
【現代訳】
恋をしているのだろうか。どこか遠い国を思っているのだろうか。
この黄昏時に咲く睡蓮の花は・・。
心に咲く花 2020年32回 睡蓮(すいれん)
古代エジプトの壁画にも描かれている睡蓮はアフリカから東南アジアまで、広く生育する、世界中で愛される花です。日本に自生する小型の睡蓮はヒツジグサと呼ばれ、ヨーロッパやアメリカ大陸でも見られます。
与謝野晶子が掲出歌を詠んでいるように、日本が外国産睡蓮を輸入しはじめたのは明治時代でした。白のほか、紫や黄色、赤や桃色など、水辺に咲くあざやかな睡蓮は古今東西の芸術家たちにも愛されました。
フランスを代表する印象派の画家クロード・モネが描いたたくさんの睡蓮は世界的に名高く、世界各地の美術館に所蔵されています。日本にも一九〇七年に描かれたものがブリヂストン美術館にあるほか、一九一六年に描かれたものは国立西洋美術館に収められています。生涯に二百点以上の睡蓮を描いたクロード・モネ。八十六歳で亡くなる最晩年にも睡蓮の大装飾画の制作に取り組んでいたそうです。
「純粋」や「優しさ」「清らかな心」などの花言葉を持つ睡蓮は、五千年以上にわたって、人々の心を潤し、時に鼓舞させてくれました。水面に浮かべた大きな葉の間に可憐な花を咲かせる睡蓮は、猛暑の暑さにもめげず、陽射しを浴びてまぶしく輝いています。夜に咲く種類もある睡蓮は古代エジプトでは復活と再生の象徴でもありました。エジプトでは今も睡蓮が国花です。
各地で最高気温が四十度も越えたこの夏は、水辺に咲く睡蓮に幾度となく会いに行きたくなりました。水面に映る花も麗しい睡蓮。残暑の中でも凛と咲くその姿に励まされ、コロナ禍の日々を乗り越えて参りたいと存じます。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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