昼は咲き 夜は恋ひ寝る 合歓(ねむ)の花
君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ― 紀郎女(きのいらつめ)
【現代訳】
昼は咲いて夜は恋いつつ眠る合歓の花を私だけが見て楽しんでいてよいものだろうか。
あなたも一緒に見なさいな。
心に咲く花 2020年31回 合歓(ねむ)
掲出歌は『万葉集』(巻八)におさめられている、紀郎女が大伴家持に贈った一首です。年上の紀郎女(きのいらつめ)が年下の大伴家持(おおとものやかもち)に寄せた歌でした。
『万葉集』の時代から、人々に愛され、詠み継がれてきた合歓の花。小枝の先に花柄を伸ばし、淡紅色の花を傘上に付ける姿が印象的です。紀郎女の歌と違って、実際には夕暮れ頃に開花し、夜明けとともに花はしぼむと言われています。
若山牧水が、「いつ知らず 夏も寂しう 更けそめぬ ほのかに合歓の 花咲きにけり」と詠み、松尾芭蕉や与謝蕪村、小林一茶も合歓の花の俳句を残しました。樹皮にはタンニンが含まれ、古来、咳止めなどの漢方薬としても用いられています。
今年三月二十一日に「ねむの木学園」理事長の宮城まり子さんがお亡くなりになりました。NHK紅白歌合戦に八回出場し、いくつもの映画に出演した宮城まり子さん。
そんな宮城さんが肢体不自由児のための社会福祉施設「ねむの木学園」を静岡県掛川市に設立したのは一九六八年でした。以後、半世紀以上にわたって、福祉の道を歩み続けた宮城さん。今、宮城さんが亡くなって初めての合歓の花が全国各地の大地を彩っています。一九二七年三月二十一日に生まれた宮城さんは二〇二〇年の同じ三月二十一日に亡くなられました。
斉藤茂吉は、「親しきは うすくれなゐの 合歓の花 むらがり匂ふ 旅のやどりに」と詠み、牧水の妻である若山喜志子も、「合歓の花 うすくれなゐに 咲きいでて こまかなる葉の そよぎすずしも」と合歓の花を詠んでいます。
今年は九十三年の天寿を全うされた宮城まり子さんの生涯に思いを馳せつつ、柔らかくてあたたかな合歓の花の麗しさを眺めたいと思います。花言葉は「歓喜」。中国では夫婦円満の象徴でもあるそうです。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
★こちらの記事もご覧ください★
【BOSCOトーク】対談 赤塚耕一×田中章義さん