夏の日はなつかしきかな こころよく
梔子(くちなし)の花 汗もちてちる― 北原白秋
【現代訳】
夏の日はなつかしいなあ。白くて香り豊かな「梔子の花」が、汗のような水分を含んで土に還ってゆくのを眺めていると。
心に咲く花 2020年30回 梔子(くちなし)
梅雨時の雨に濡れ、さらに輝きを増して咲く「梔子(くちなし)」は、古来多くの詩歌に詠まれてきました。
五千円札の肖像画で知られる樋口一葉にも、「誰もかく あらまほしけれ この花の いはぬに人の なほもめづらん」(誰もが皆、こんなふうにありたいと思うことでしょう、何も語ることはなくてもこんなにも人々に愛されているこの花のように)という歌を詠んでいます。「いはぬ(言わぬ)この花」とは、ここでは「くちなしの花」のことを表現しています。
甘い香りが昔から、人々に愛されてきた梔子。「何だか なつかしうなる くちなしさいて」と詠んだのは、俳人の種田山頭火でした。同じく俳人の加藤楸邨には「留守の戸は くちなしの香が かはりかな」という句があります。
「幸せを運ぶ」「胸に秘めた愛」「とても幸せです」などの花言葉もある梔子。渡哲也さんのヒット曲「くちなしの花」は一九七三年に発表され、半世紀近く、この国で歌い継がれています。
「三大芳香花」にも数えられる梔子は、中国でも天下の名香花「七香」の一つに加えられているそうです。
ある国では、天使が地上に降り立ち、【これは天国に咲く植物です。大事に育ててほしい】と語ったのが梔子だという伝承もあります。【天国の植物】に喩えられるほど、すばらしい梔子。見た目にも美しく、芳香も豊かで、熟した果実を陰干しして粉末にし、卵白を加えて練ったものは捻挫や打撲、腫れ物などにも薬効があると言われてきました。
平安時代から食用や衣料品の染料としても重用された梔子。【天国に咲く植物】という言い伝えに相応しい、神々しい純白が心の穢(けが)れを洗い流してくれるかのようです。まさに、「天からの贈りもの」と言える植物なのではないでしょうか。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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