心に咲く花 29回 薔薇(バラ)

みづからの 光のごとき 明るさを
ささげて咲けり くれなゐの薔薇― 佐藤佐太郎

【現代訳】
自らがもつ光のような明るさをささげながら、真紅の薔薇が咲いているなあ。

心に咲く花 2020年29回 薔薇(バラ)


正岡子規の「くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の目の 針やはらかに 春雨のふる」など、薔薇を詠んだ詩歌は多くあります。
与謝野晶子は「若き子の 香ばしきこと 云ふ中に まじらむと咲く うす色さうび」と詠み、北原白秋は「風くれば 薔薇はたちまち 火となれり 踊りあがるらむ うれしき風に」と詠みました。
「恋すれば うら若ければ かばかりに 薔薇の香にも なみだするらむ」と詠んだのは芥川龍之介です。

世界に目を向けると、『ギリシャ神話』では愛と美の女神「アフロディーテ」、あるいは「ヴィーナス」が海から誕生した際、大地が同じくらい美しいものとして薔薇をつくったとも語り継がれます。

ギリシャの抒情詩人アナクレオンは紀元前六世紀に次のように讃えました。
「バラなる花は恋の花、バラなる花は愛の花、バラなる花は花の女王」――時代も国籍も越えて、共感する人々も多いのではないでしょうか。

世界の人々を魅了し続けた薔薇は、ゲーテの「野ばら」という詩がシューベルトやベートーベン、ブラームスらによって曲にされました。
ダンデ「神曲」天国篇にも、ルネサンス期のイタリアのボッティチェリが描いた「ヴィーナスの誕生」にも薔薇が登場します。

多くの人々を魅了し、愛された薔薇。
エジプトの女王クレオパトラも愛したこの花は今も英国、ルーマニア、ポルトガル、モロッコ、サウジアラビア、イランなどの国花です。

海外のイメージが強い薔薇ですが、実は『万葉集』にも薔薇を詠んだ歌があることを御存知でしょうか。
防人(さきもり)を引率する役割だった丈部鳥(はせつかべのとり)が「道の辺(へ)の茨(うまら)のうれに延(は)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」(道端の野ばらに絡みつく豆のように私に寄り添う妻を置いて赴任地へ別れ行く)と詠んだもの等が残されています。

小さくて白い花を沢山つける野ばら。古来、人は様々な思いで薔薇を眺めました。
日本では「月季花(げっきか)」「長春花(ちょうしゅんか)」とも呼ばれています。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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