心に咲く花 23回 つわぶき

山里の 草のいほりに 来てみれば
垣根に残る つはぶきの花― 良寛和尚

【現代訳】
山里にある静かな草庵に来てみると、垣根にはつわぶきの黄色い花が咲き残っていた。

心に咲く花 2019年23回 つわぶき


一七五八年、越後国に生まれた良寛和尚。
十代の頃、天災や飢饉によって餓死者が多く出ている現実を目のあたりにしました。
全国で勃発していた米騒動。名主の長男だった良寛和尚は、自分が何をすべきなのかを思案し、ついに名主の道を捨てる決意をしました。師に勧められるまま、全国を旅に出ました。
難しい説法を好まず、わかりやすい言葉で人々と向き合いながら、良寛和尚はこどもたちともよく遊びました。

ある時、良寛和尚の庵に盗人が入ったことがあります。質素な生活だったため、何も盗むものがなく、盗人は結局、良寛和尚の寝ていた布団をとろうとしました。良寛和尚は気づいたものの、そのままそっと持っていかせてあげたのです。
その時、良寛和尚が詠んだ俳句が、「盗人に とり残されし 窓の月」という作品でした。

庵の便所に筍が生えたことがありました。それが伸びて、屋根まで届きそうになった際、可哀そうに思った良寛和尚は屋根に穴をあけ、さらに筍を伸ばそうとしてあげました。
良寛和尚はそんな心優しい人だったのです。

掲出歌は、良寛和尚が「つわぶき」を詠んだ歌です。

海沿いの草原や崖などに見られる常緑多年草のつわぶき。
「艶葉蕗」がつわぶきになったという説があるほど、厚い艶やかな葉が印象的です。花が少ない時期に咲く鮮やかな黄色は見る人の心まで明るくしてくれるのではないでしょうか。

葉柄を食用とする地域も多く、韓国では天ぷらにもしています。寒い季節に次々と花を咲かせるつわぶきの逞しさ。葉のしぼり汁を魚の食中毒に服用することも昔からおこなわれてきました。

つわぶきと良寛和尚――
この両者にはどことなく共通項があるようにも思います。
冬の寒さの中でも明るく咲き、人々の心を潤すあたたかさ。
つわぶきの優しい黄色を眺めながら、良寛和尚を思い出す令和最初の冬のはじまりです。

 


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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