君来ずば 誰に見せまし 我が宿の
垣根に咲ける 朝顔の花― 詠み人しらず
【現代訳】
あなたが来なければ、どなたにお見せすればいいのでしょう。
わが宿の垣根に咲いているこのすばらしい朝顔の花を。
心に咲く花 2019年18回 朝顔
大地からのモーニングコールのように麗しく咲いている朝顔の花。
清少納言は『枕草子』で、朝顔を「大和のなでしこ」だと讃えています。
朝早く開花し、その日のうちにしぼんでしまう朝顔の花を古来、日本人は和歌に詠み重ねてきました。
『伊勢物語』『源氏物語』などにも、朝顔を詠んだ歌が見られますが、今回は『拾遺和歌集』の詠み人しらずの和歌をピックアップ致しました。
作者名がわからなくても、時代を越えて、多くの人々に共感され、語り継がれてきた一首。
「我が宿の垣根に咲いた朝顔の花を誰かに見せたい」と願う気持ちをいつの世もたくさんの人が感じてきたのでしょう。
五千円札の肖像画の樋口一葉も、「おのづから こぼれて生ひし 種ぞとは 見えぬ垣根の あさがほの花」と詠んでいます。
かつては薬草として中国から渡来したものが、花の美しさで多くの人を魅了し、観賞用として広く栽培されることになった朝顔。
『小倉百人一首』の撰者藤原定家も、「しののめの 別れの露を 契りおきて かたみとどめぬ 朝顔の花」という和歌を詠み、西行も「はかなくて 過ぎにしかたを 思ふにも 今もさこそは 朝顔の露」という和歌を残しています。
与謝野晶子にも多くの朝顔の歌があります。
「雨の日に いぬころ草の ささへたる 小く白き 朝顔の花」、「風来り 白き朝顔 ゆらぐなり こだまが持てる くちびるのごと」。
朝顔が、「こだまのくちびる」のようだと喩えた感性の豊かさは与謝野晶子の真骨頂でしょう。
夏目漱石や芥川龍之介には朝顔を詠んだ俳句もあります。
今日の幸せを約束するかのように大地を彩ってくれる朝顔。
桃、紫、青、白など、色彩豊かな朝顔は令和の時代にも多くの名歌が生まれるのではないでしょうか。
機会があれば、四季折々の花々を詠み合う「花の歌会」が毎月、開催されたらいいなと思う夏です。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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