ヒヤシンス 薄紫に 咲きにけり
はじめて心 ふるひそめし日 ― 北原白秋
【現代訳】
薄紫色にヒヤシンスが咲きました。
初めて誰かを好きになって、心がふるえ始めたあの日に。
心に咲く花 第2回 ヒヤシンス
早春を代表する香りのいいヒヤシンス。
ヒヤシンスの名前は、ギリシャ神話の美青年ヒヤキントスに由来するそうです。
ヒヤキントスが同性のアポロンと楽しそうに円盤投げをして遊んでいた際、二人に嫉妬をした別の神様が風を吹かせ、円盤がヒヤキントスの額に当たってしまいました。
ヒヤキントスはこれが致命傷となり、命を落としてしまいます。
この時、流した血から生まれた花がヒヤシンスだったと言われています。花言葉は「悲しみを超えた愛」なのだそうです。
そんな「ヒヤシンス」を詠んだ青年期の北原白秋。
歌人としてはもちろん、「ペチカ」「からたちの花」「この道」「ゆりかごのうた」などの童謡の作詩者としても知られています。
淡い「薄紫」のヒヤシンスが恋に揺れる歌人のこころに何かを感じさせてくれたのでしょうか。
作家として名高い芥川龍之介も二十代前半に多くの和歌を詠み、「片恋の わが世さみしく ヒヤシンス うすむらさきに にほひそめけり」という作品を残しています。
ヒヤシンスの薄紫色は、どことなく片想いのせつなさを想起させるのでしょう。
白秋はあえて漢字で、龍之介はあえてひらがなで、「薄紫(うすむらさき)」と色彩を表記したヒヤシンス。
江戸時代末期に入ってきたヒヤシンスは、日本では「にしきゆり」とも呼ばれていました。
与謝野晶子に、「紫の ヒヤシンス泣く くれなゐの ヒヤシンス泣く 二人並びて」という作品もあります。
相聞歌(恋の歌)に多く詠まれたヒヤシンス。太い花茎に支えられたたくさんの小花は、なるほど、思いが溢れる青春期の恋心のようです。
植物でありながら、実は恋する誰かにとてもよく似ている花なのかもしれません。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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