心に咲く花 69回 サフラン

開拓地の
薬草サフラン摘むという
勤労奉仕の一日ありき  ― 鳥海昭子(とりのうみあきこ)

【現代訳】
開拓地に生えている、「薬草」として知られた【サフラン】を摘むという勤労奉仕をした一日が、私の人生にありました。

心に咲く花 2023年69回 サフラン


徐々に花が少なくなる秋が深まりゆく頃、淡紫色の優しい花を咲かせる「サフラン」。ほのぼのとした、どこかぬくもりのある花です。

文芸評論家で小説家でもあった、大正生まれの歌人・村上一郎(むらかみいちろう)は、「さふらんの花群るるがにかぎろひて嗚呼あてどなく人を恋ひをり」という歌を詠みました。「かぎろひて」は古典和歌にも見られる、「ひかりがちらちらとほのめいて」というニュアンスの言葉です。「陽炎(かげろう)」と似た雰囲気です。サフランの群れるように咲く花が目にちらちらとほのめくように、私は人を恋している、という恋の歌。あの芥川龍之介にも、「くすり香もつめたくしむは病室の窓にさきたるサフランの花」という、サフランの花の歌があります。

掲出歌の作者 鳥海昭子さんは、1929年に山形県で生まれた歌人です。2005年に亡くなるまでに、児童養護施設に勤務し、26年にわたって身寄りのないこどもたちのために働き続けた人でした。NHK「ラジオ深夜便」で一年にわたって花の短歌を連載した人でもあります。鳥海さんは、実際にサフランの花摘みのお手伝いを勤労奉仕でしたことがあったそうです。ひとりの労働者が1キロのサフランを収穫するには、何と400時間もの労働が必要だと言われる仕事です。

そんなサフランは、パエリアやインド料理にも用いられています。諸説ありますが、地中海沿岸が原産だと言われるサフランは、日本では10月頃から花を咲かせはじめます。香辛料としても、鎮咳(ちんがい)や強壮薬の薬草としても知られるサフラン。近年は観賞用のものも出ているそうです。

ギリシャ神話では、花の女神フローラが、子羊たちがここちよく昼寝ができるように子羊たちのベッドとしてサフランの花を咲かせてくれたというエピソードがあります。今後も世界じゅうで愛される花なのでしょう。どこか優しさと安らぎが感じられる秋の花です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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