苺たべて子のいき特に甘くにほふ
夕明りどきを母に寄り添ひ ― 五島美代子(ごとうみよこ)
【現代訳】
苺を食べたあとのこどもの息が特に甘い匂いを漂わせている。夕明かり時に母親に寄り添うこどもの息が。
心に咲く花 2023年61回 苺(いちご)
古代ローマ時代にはすでに栽培されていた苺は今、世界じゅうで栽培されています。久能山の石垣苺が有名な静岡で暮らしていると、一月下旬から「あきひめ」や「紅ほっぺ」が地域のスーパーマーケットに並びはじめ、いちご狩りの季節の到来を感じさせます。
福岡県久留米市の「とよのか」、栃木県の「とちおとめ」、新潟県の「越後姫」、北海道の「ペチカ」、佐賀県の「さがほのか」など、全国各地に特色ある品種がある苺。国内には、「アマテラス」「天使のいちご」という品種の苺があることはご存知でしょうか。
掲出歌は、「苺」という漢字は「草かんむり」に「母」と書くことをあらためて思い起こさせてくれる一首です。母に寄り添うこどもの息が、苺を食べたあとに特に甘く匂うと詠む母親ならではの実感の歌。
作者の五島美代子は1898年(明治31年)に生まれ、1978年(昭和53年)に79歳で亡くなるまでに紫綬褒章も受けた歌人です。上皇后美智子様がまだ皇太子妃でいらした時代からずっと御歌の指南役を務めた人でした。昭和を代表する女流歌人の一人として名前が挙がります。その半生は順風満帆に見えますが、実は長女の自死という悲しい体験もし、母親としての歌、こどもを詠んだ作品は多く語り継がれます。
苺の花言葉は、「尊敬と愛情」「あなたは私を喜ばせる」とともに「幸福な家庭」というものもあります。
北欧の神話に登場する愛と結婚の女神の果実だとも語られる苺。世界には幼子が亡くなると亡(な)きがらを苺で覆い、天国へ運び出すという伝承をもつ民族もあります。
甘くて美味しい、まるで「希望の象徴」のような苺。紛争地に暮らすこどもたちや母親を亡くしたこどもたちにも一粒一粒贈り届けたくなる植物です。
2023年は、どうか世界じゅうの親子が仲良く苺を食べる時間を楽しむことのできる平和で穏やかな一年でありますように。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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