心に咲く花 43回 百日紅(サルスベリ)

百日紅(さるすべり)に 日ははや照れり 朝戸出て 
汗ばむ顔を 拭きつつゆくも  ― 古泉千樫(こいずみちかし)

【現代訳】
百日紅が咲く頃になると本格的な夏だ。朝、あざやかな百日紅を早くもおひさまが照らしている。そんな中、戸を開けて、目的地へ向かう。汗ばむ顔を、幾度も幾度も拭きながら。

心に咲く花 2021年43回 百日紅(サルスベリ)


「百日紅」とも「千日紅」とも称される「サルスベリ」は花の時期が七月から十月頃までと、とても長いことで知られます。澄み渡った青空に入道雲が湧きあがる頃になると、見事な珊瑚色(さんごいろ)で大地を彩る百日紅。

俳人の高浜虚子(たかはまきょし)が「炎天の 地上花あり 百日紅」と詠み、夏目漱石も「百日紅 浮世は熱き ものと知りぬ」と詠んでいます。
いかに本格的な夏の花であるのかが、詠み継がれた詩歌から伺えます。
緋色(ひいろ)や紫、白などの花を咲かせる品種もある百日紅。長く花を楽しむことができるため、庭園や公園に植えられることが多く、奈良市東大寺をはじめ、全国各地に名所があります。

掲出歌の作者の親友でもある斉藤茂吉(さいとうもきち)にも、「油蝉 いま鳴きにけり 大かぜの なごりの著(しる)き 百日紅のはな」という歌があり、油蝉との取り合わせも真夏を感じさせます。
色あざやかさゆえ、人々の記憶にも残りやすいのでしょう。蒔田さくら子(まきたさくらこ)は、「百日紅 色おとろへて 咲き居たり いくさ敗れし 日の炎天に」と終戦時の百日紅を詠んだ作品も残しました。

腐りにくく、耐久性もある材質の特色から、ステッキや床柱、駒やけん玉にも重宝されてきた百日紅。
「マツ」「ヤナギ」「アオギリ」「イチョウ」「クチナシ」「ヒノキ」「トチ」「ハンノキ」など、多くの樹木を小説の中に取り入れた森鴎外には、『ヰタ・セクスアリス』などの作品に「百日紅」が登場します。
【種子に翼がある】と言われる百日紅は、なるほど、青春期を思い起こさせる花なのかもしれません。

「雄弁」「愛嬌」という花言葉がある百日紅。確かに、愛らしさのなかにも、花々が皆で何かを語り合っているようにも見えます。
灼熱の陽射しを受けて、さらに輝きを増す百日紅。猛暑でも酷暑でも咲く豊かな生命力にあらためて敬意を表したい夏の朝です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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