草土手の 風に吹かれて 幼等(おさなら)と
ほたるぶくろの 花探しきそふ ― 若山喜志子
【現代訳】
草の伸びた土手の風に吹かれながら、幼いこどもたちとホタルブクロの花を探し競っている。のどかで朗らかな、ある夏の一日。
心に咲く花 2021年42回 蛍袋(ホタルブクロ)
作者の若山喜志子(わかやまきしこ)は、一八八八年五月二十八日に長野県に生まれた女流歌人で、若山牧水(わかやまぼくすい)の妻だった人です。
先日、作者の故郷である信州を訪問する機会があった時、安曇野の碌山(ろくざん)美術館でホタルブクロの苗を購入しました。
日本近代彫刻の扉を開いたと称される荻原守衛(おぎわらもりえ・碌山)や高村光太郎(たかむらこうたろう)らの作品がある美術館。安曇野を訪問した記念に百円で販売されていた野趣に満ちた苗をふと購入したくなったのです。
まだ花の咲かない小さな苗だったにもかかわらず、わずか十日ほどで一気に淡紫色の花を次々と咲かせ、茎も元気に伸びています。
「こどもが花の中にホタルを入れ、虫籠(むしかご)がわりにしたから」という説がある個性的な名前。その形状から、「釣鐘草」とも呼ばれています。キキョウ科の多年草で、葉は天ぷらやおひたし、あえ物にも用いられるそうです。
独特の風貌が見ていて楽しく、わが家の小さな庭がいつも以上に明るくなりました。日陰でも育つということで、あまり暑くならない場所に置いているのですが、美しい山野草は家族にも好評です。
破調の歌を詠む昭和の歌人・山崎方代(やまざきほうだい)にも、「今日ひとひ古街道に鎌を入れ蛍ぶくろの花を残した」という歌があります。
こどもにも高齢者にも、見ていて楽しいほたるぶくろ。若山喜志子が詠んだように「幼いこどもたち」と一緒に探したら、とても楽しいことでしょう。
斎藤茂吉(さいとうもきち)も宮柊二(みやしゅうじ)もホタルブクロを詠んだほか、金子兜太(かねことうた)・加藤楸邨(かとうしゅうそん)・中村草田男(なかむらくさたお)・種田山頭火(たねださんとうか)らそうそうたる俳人たちもこの花を作品に詠んでいます。表現者の詩心を刺激する花なのかもしれません。
「忠実」「誠実」「感謝の気持ち」といった花言葉もあるホタルブクロ。小学生の娘は「大地のシャンデリアみたいだね」と言っていました。安曇野の山々を見て育ったホタルブクロに今年はぜひ富士山も見てほしいなと思う昨今です。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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