岩つつじ 折りもてぞ見る
背子(せこ)が着し 紅(くれない)染めの 色に似たれば― 和泉式部
【現代訳】
岩つつじの花をそっと手折り、しみじみと眺めます。
愛しいあのかたがお召しになられていた紅染めの衣の色に似ておりましたので‥。
心に咲く花 2019年17回 つつじ
最も古いものは樹齢が八百年にも千年にも及ぶと言われている「つつじ」。
この時期は様々な色で大地を飾り、初夏の都心も彩ってくれています。
つつじは古来、多くの和歌に詠まれてきました。
「しのばるる ときはの山の 岩つつじ 春のかたみの 数ならねども」と詠んだのは『小倉百人一首』撰者の藤原定家です。
定家には、「竜田川 いはねのつつじ 影みえて なほ水くくる 春のくれなゐ」という、在原業平の「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」を本歌取りした作品もあります。秋に紅葉の錦が竜田川を彩るなら、春にはつつじが竜田川を紅色に染めあげる、という作品です。
戦国武将の毛利元就は、「岩つつじ 岩根の水に うつる火の 影とみるまで 眺めくらしぬ」という和歌を詠みました。
「令和」の出典となった『万葉集』にも草壁皇子を偲んだ舎人(とねり)の「水(みな)伝う 磯の浦みの 岩(いは)つつじ 茂(も)く咲く道を またも見むかも」(水の流れる岩につつじが咲いているこの道をいつかまた見ることができるでしょうか)という歌が収められています。
昔から人々に愛(め)でられてきた、日本人の心も飾ってくれた花。
「躑躅花」(つつじばな)といえば、和歌の世界では「枕詞」としても用いられます。
「つつじの花のように麗しく美しい君」という意味から、「にほふ」などに懸(かか)る言葉として知られています。
古来、多くの人を魅了してやまなかったつつじ。
美しさはもちろん、岩の間に根を張ることのできる力強さも讃えられたのでした。
花が次々に連なり咲く様子から、「続き」が語源になったとも言われるつつじ。
小林一茶は、「百両の 石にもまけぬ つつじ哉(かな)」という俳句を詠み、与謝蕪村も「近道へ 出てうれし野の 躑躅かな」という俳句を残しました。あの芥川龍之介も「庭芝に 小みちはありぬ 花つつじ」という俳句を詠んでいます。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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