心に咲く花 8回 おみなえし

我が里に 今咲く花の をみなへし
堪(あ)へぬ心に なほ恋ひにけり― 『万葉集』詠み人知らず

【現代訳】
私の里に咲いているつつましやかで麗しいおみなえし。
そんな花のように可憐なあの人に会いたくて、堪え難いまでに恋しく思われます。

心に咲く花 第8回 おみなえし


『万葉集』に十四首の歌が詠まれるなど、古来、日本人に愛されてきた「おみなえし」。
「萩」や「尾花」(おばな)「撫子」(なでしこ)「桔梗」(ききょう)などとともに、秋の七草の一つに数えられてきました。

日本各地の山野に自生し、茎先に粟粒のような黄色い小さな花をたくさん咲かせて大地を彩ります。
細い茎をすらりと伸ばし、小花が秋風に揺れる姿を古(いにしえ)の人々は美しい人に見立てて詠んでまいりました。

「をみなへし 秋の野風に うちなびき 心ひとつを たれによすらむ」と詠んだのは藤原時平です。
『古今和歌集』に収められたこの歌は、「おみなえしは秋の野を過ぎる風になびいて、いったい誰に一心に心を寄せているのでしょうか」という意味です。
「をみなへし 咲きたる野辺を 行き廻(めぐ)り 君を思ひ出た 廻(もとほ)り来(き)ぬ」と詠んだのは大伴池主です。
こちらは『万葉集』に収められています。「おみなえしの咲き誇っている野辺を巡っているうちにあなたを想い出し、回り道をしてきてしまいました」という歌意です。
『枕草子』にも『源氏物語』にも登場するおみなえしは、多くの人々の琴線にふれる花でした。

若葉は食用になる他、根を和え物や煮物とする地域もあります。
全草や根を日干しして乾燥したものを煎じていただけば、解熱や解毒にも効果があるとされてきました。

見た目にも美しく、葉や根にも薬効があると言われるおみなえし。
可憐に見えますが、実は地上に出ている部分が枯れても、地中の根の太い茎で越冬する強靭な生命力の花でもあります。

花言葉は「約束を守る」。
寒い季節をも超え、再びの花を咲かせるおみなえしはどのような約束を守ろうとしているのでしょうか。
美しさは千年以上詠み継がれてきましたが、これからはおみなえしの豊かな生命力や逞しさが歌にされるのかもしれません。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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