たんぽぽの 綿毛を追ひて 遊びたる
遥かなる日の 野辺なつかしき ― 皇后陛下
【現代訳】
たんぽぽの綿毛を追いかけながら、こどもたちと楽しく遊んだ、遥かなあの春の日。
あの野辺が今、とてもなつかしく感じられます。
心に咲く花 第3回 たんぽぽ
「婚約の ととのひし子が 晴れやかに 梅林にそふ 坂登り来る」
「旅立たむ 子と語りゐる 部屋の外(そと) 雀来(きた)りて いつまでもをり」
「貝採りて 遊びし干潟 年を経て わが思ひ出の 中にひろがる」
「われら若く 子らの幼く 浜名湖の 水辺に螢 追ひし思ほゆ」
――皇后陛下がお子様をお詠みになられた御歌にはあたたかな作品が多くございます。
国内外で紹介したくなる作品群です。きっと時代を超えて、読み継がれていくのではないでしょうか。
掲出歌では「たんぽぽ」がとても印象的です。
大地に最も近い場所に咲く「たんぽぽ」。
小さなお子様の足取りを丹念に眺めていらっしゃるからこそ、大地に近い場所を彩るたんぽぽにもまなざしを向けておられるのでしょう。
幼いお子様が飛びゆく綿毛を追いかけるかわいらしさ。
あどけない足取りで嬉しそうに駈け出していく姿。
「さくらもち その香り よく包みゐる 柔らかき葉も 共にはみけり」――皇后陛下にはこんな春の御歌もございます。
「卒業の 子等の飛びゆく 着地点 そこに花咲く たんぽぽであれ」(室野英子)
――この歌は伊豆に暮らす方の一首です。黄色い帽子の似合うこどもたちは、なるほどたんぽぽのような存在です。
かわいらしい黄色い花が、やがて綿毛となって、新たな場所へと飛び立つ季節。
私も学生の頃、「ゆくあてを 茎にも告げず ふわふわと 旅立っていく 綿毛のいたり」と詠んだことがありました。
「若気の至り」ならぬ「綿毛のいたり」という言葉を創出したのは麗らかな春のことだったと記憶しています。
今、小学一年生と幼稚園児の父となり、あらためてたんぽぽを愛でる日々が続きます。
小さな花であっても逞しい根を張るたんぽぽの力強さには教わることも多いのではないでしょうか。
桜便りが話題になる時期、地面に近い場所でもすてきな祝祭が開催されていることを忘れずにありたく存じます。
田中章義(たなか あきよし)さん
歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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